藤宮史の作品をはじめて見たのは、昭和の終わり頃だったか。 その頃から彼は時代に逆行した精緻な版画や篆刻などを手がけていたが、本人はさして売る気もなく、もっぱら肉体労働で口を糊していた。 当時は、どちらかといえば陰鬱な作品が多かったせいか、一部の好事家のみ知る存在だったが、二十年の歳月を経て、ようやく世間の注目を集めはじめた。作風もかつてとは異なり、猫をモチーフにほのぼのと叙情が漂うものが増えてきた。そうした変遷に、いかなる心境の変化があったのかはわからない。 けれども本作に見られるように、ある種、偏執狂ともいうべき細密な技巧は健在で、一見変哲のない物語が木版という前時代的な手法によって、馥郁たる味わいを醸しだす。 すべてが効率を優先し、商品であれ藝術であれ矢継ぎ早に消費される時代にあって、藤宮史の作品はますます孤高の輝きを増しているように感じる。 福澤徹三氏(作家)
|